概要しか知らない間はなんとなく、「“愛の力で病気を克服”みたいなお話だったらどうしよう」とぼんやり身構えていたのですが全くの杞憂でした。身構え癖があります。
あらすじ
PMS(月経前症候群)で感情を抑えられない美紗。パニック障害になり生きがいも気力も失った山添。
友達でも恋人でもないけれど、互いの事情と孤独を知り同志のような気持ちが芽生えた二人は、自分にできることは少なくとも、相手のことは助けられるかもしれないと思うようになり、少しずつ希望を見出していく――。
人生は苦しいけれど、救いだってある。
そんな二人の奮闘を、温かく、リアルに、ときにユーモラスに描き出し、誰もが抱える暗闇に一筋の光を照らすような心温まる物語。2019年に『そして、バトンが渡された』で本屋大賞を受賞し、映画の大ヒットも記憶に新しい瀬尾まいこの、本屋大賞受賞後第一作。水鈴社創立初の単行本。
文藝春秋BOOKS
くわしい感想
それぞれの病気と愛おしいふたりのこと
序盤、とにかく苦しい。
ことさらつらさを強調されて書かれているわけでもなく、どちらかといえば淡々と描写されているのですが、それでも。
主人公の美紗、もとい藤沢さんがPMSの症状に翻弄されるさまが、見ていて苦しい。新卒で就職したばかりの会社で、しょうもないことをきっかけに上司にいらだちを爆発させ、どうにかしたくて薬を飲めば今度は副作用で居眠りをして。短い回想なのですが、居たたまれなくて大変苦しい場面でした。ほやほやの新人なのに上司にうっかりキレ散らかすなんて……、そして挽回もできずに辞めるなんて。
そしてもうひとりの主人公山添くんも。元気で仕事も好調でストレスなんてないのに、という青年山添くんがパニック障害を発症する場面もあるのです。苦しい。バーベキューとか草野球とかやってる上に心から楽しんでそうなタイプの山添くんがすこんと穴に落ちたように何もできなくなる。そして病気のことをうまくまわりに説明できるわけもなく、恋人も友人も離れてしまった。病気は良くならず発作に怯えて過ごす毎日だけが続いていく。
……いやこんなつらい話読んでいけるかしら、とページを閉じたい気持ちがよぎりました。でも、くすっと笑えるところがあって。あまり読書で簡単に笑いも泣きもしないつもりなんですが、これはほんと……、藤沢さんがかわいいんですよね。かわいくて笑っちゃう。
藤沢さんは、主に山添くんに対して、思いついたことをぱっと行動に移すのですが、それがまたなかなか突拍子もなくて。実写映画化が決まってから文庫版を買って読んだもので、わたしの藤沢さんの脳内イメージはすっかり上白石萌音さんなのですが、あんなふうに目をきらきらさせて楽しそうに何か企んでると思うとかわいくてかわいくて!それで思わず笑える場面がところどころにあるんです。
松村北斗さんはあまりみたことがないのですが、映画の予告動画でみたところ納得の山添くんですね。もともと社交的っていうのが想像つくかっこいい若者、でもちょっと繊細そうな感じ。
で、さらにふたりセットでも大変お得でかわいいのです。かわいいというのはつまり、ふたりとも人間として愛おしいということです。距離感が良い。お互いの前で一切飾らないところが良い。それでいて、すこし助け合う。わかり合えなくても人は寄り添えるという静かな希望があります。
あと、愛の力でスパッと病気を克服、という展開はなかったんですが、ふたりが今後恋愛関係になっても良いしならなくても良い、みたいなところもすごくすきです。
お仕事小説、とは言いたくないけれど
この作品は決してお仕事小説というものではないと思うのですが、日々働いている者として沁みた部分があるのも事実。
働かないと生きていけないし、仕事がなければ毎日することもない。だから会社に勤めている。けれども、仕事のもたらすものはそれだけではない。
これがたとえば仕事についての本の中で、いかにも名言らしく書かれていたらきっと、きれいごと言ってるぜ、と思ってしまうと思う。でもこのふたりの積み重ねをみてきたところに出てくることばだから、ぐっと沁みるんですよね。ちゃんと働こう、なんて思わされてしまいました。
そういうわけでこの小説、お仕事小説ではありませんが主人公ふたりは同じ会社に勤めているので、職場の人のことや仕事のことももちろん出てくるのです(ちなみにこの職場の人たちも、なんなら別角度でエピソードを読みたいくらい良い)。ふたりとも優しい職場にちょっと甘えていて、でもそのおかげもあって、ちゃんと立ち直っていく。仕事のもたらすものは、時に希望だったりする、たぶん。
物語は山添くんが、この職場でできることをやってみたい、と踏み出すところで終わります。派手なできごとがバーンと起きて人生変わった、そんな結末じゃないのがまたすてき。思い通りにいかなくても、少しずつでも何かを積み重ねて、それで自分で日々を変えていけるんだよ、大丈夫だよ、という、作者の瀬尾さんの愛を感じました。
まとめ
優しいけれどこざっぱりしていて、あっけらかんとしていて、心地良い。読んでよかった、力強さに救われる物語でした。
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